山瀬まゆみ YAMASE MAYUMI
寄り添いながら眠っているのか、はたまた手を取り合って躍動しているのか。鑑賞者の視線を吸い寄せる、カラフルでポップな形の数々。山瀬まゆみの手から生み出されるそれらの作品は、長年掲げている「目には見えないけどそこに存在するもの」をコンセプトに、今回、個展『The elephant in the room』として新たに発表された。ペインティングとソフトスカルプチャー、ふたつの手法で表現された作品について、また山瀬まゆみが歩んできた道のりについて、「ルーフミュージアム」2階とスタジオで話を伺った。
コンセプトに掲げ続ける
「目には見えないけどそこに存在するもの」とは
−−「ルーフミュージアム」に初めて来られたのはいつでしたか?
まだ工事をしていた頃に初めて来たんですけど、2階を見せてもらった時にいいなと思いました。お店兼展示という形態はよくやるから、「ルーフミュージアム」の2階のように絵を鑑賞するためだけの空間で展示できることが、今の私にとってはすごく嬉しいことでしたね。
−−2階をご覧になってから、個展の内容を練っていかれたのでしょうか?
こんなに大きな場所で個展をするのは初めてだったので、作品数やサイズ、内容をどうするか、会場を見てから考え始めました。
−−今回の個展のタイトル『The elephant in the room』は、英語の慣用句で「空気を読む」、「見て見ぬふりをする」といった意味があるそうですね。
そうですね。私が一貫してコンセプトにしている「目には見えないけどそこに存在するもの」にフィットするタイトルということで、『The elephant in the room』とつけました。最近、絵がだんだんポップになっていると感じていたので、それを表すことができるキャッチーなタイトルにしようと思って、この言葉に。直訳通り、部屋の中にゾウがいるところを想像してみると絵的にも面白いし、そのぐらい変なポップさがある言葉だから、いいなと思って。
−−「目には見えないけどそこに存在するもの」とは、具体的に言葉にするとしたらどのようなものなのでしょうか? ご自身のいろんな感情だったり、個展のステートメントにも書かれていた体の細胞や内臓だったり?
そういうことです。常に一緒にあるけどあまり意識していない、でも時に感じるもの。走ったことでドキドキしている心臓とか、おなかがいっぱいで満たされている気持ちとか、目には見えないけど感じる、自分の中で起きているものが大きなテーマになっています。
−−どんな時に「これを絵にしよう」と思われますか?
例えば、私はよくランニングをするんですけど、朝に走った日と走っていない日の1日の始まり方が全然違うんですよ。自分の気持ちの置き場所が違うというか。「虫の居所が悪い」って言葉がありますけど、“居所”を作っているのは自分なので、“居所”をどれだけ心地よくするかってことは意識していますね。それで、今日は心地いいなって思えたら、それを絵にしようと思います。
−−“心地いい”という言葉も、山瀬さんの中ではキーワードになっているのでしょうか?
なっていますね。ただ、ほかの感情も絵にしたいとは思うから、“心地いい”だけっていうと嘘になっちゃう。でも、心地いいと思える環境は常に保ちたいですね。今回、バックを無意識に黄色く塗っている絵が多いかったんですけど、多分、自分が心地いいと感じる色だからなんだと思います。会場に並べてから気づいたんですけどね(笑)。
「黄色」、「曲線」、「寄り添うもの」
心地いいと感じる色と形
−−例えば、メインビジュアルになっている「Homosapience」という作品だと、バックの色は黄色にすることや、重なり合っている形などは、事前に構成を練ってから描いていくのでしょうか、それともキャンバスに向かって心の趣くままに描かれるんですか?
「Homosapience」に関しては、この塊を描きたいっていうイメージが描く前からありましたね。でも、他の絵に関しては決めずに描くことが多いですね。1個目の形を描いてから、じゃあ2個目はこう描こうとか、絵と会話しながらどんどん繋がっていくイメージです。色も描きながら決めていきます。
−−「Homosapience」の塊もそうですけど、やわらかい印象のモチーフが多いですよね。尖ったものや、直線的なものは意識的に描かないようにしているのでしょうか?
基本的に曲線ややわらかいイメージのものが好きです。前回の個展では意識的に直線を入れたドローイングを展示したんですけど、やっぱり“意識的”でした。普通にはあまり出てこないです。ひっかかりのある形は好きじゃないかもしれない。体内が構成されているみたいに寄り添っているようなものが好きですね。
−−ペインティングもそうですが、ソフトスカルプチャーも寄り添っているイメージがありますね。ソフトスカルプチャーはどのようにして作られているんですか?
布をちょっとずつ縫っていって、3割くらいできたところで「どんな風にしようかな」って考えながらドローイングをして、完成形を決めます。ソフトスカルプチャーに関しては、計画しないとよくわからない形になっちゃうんですよ。
−−ペインティングのように、縫いながら少しずつ決めていくわけではないんですね。
ソフトスカルプチャーは、形をちゃんとしたいという気持ちがありますね。展示するためには自立させないといけないし(笑)。過去に作った作品の中には、抱き枕みたいに自立しないものもありましたけどね。
−−ペインティングとソフトスカルプチャー、ふたつの方法で表現しているのはなぜでしょうか?
ソフトスカルプチャーを作るようになったのは大学の頃でした。在籍していたファインアート学科が、平面も立体もごちゃ混ぜだったので、最初はペインティングだけをしていましたが、自然と立体も作るようになっていきました。初めの頃は内臓が出てくる人形とか、今よりももっとわかりやすいテーマで挑んでいたんですけど、あまりしっくりきていなかったので、ペインティングとソフトスカルプチャーの表現を合わせられないかなということで、今のような形になりました。
作家の手を離れて生き始める
ペインティングとソフトスカルプチャー
−−先ほど“細胞”や“内臓”といった言葉が出てきましたが、ペインティングもソフトスカルプチャーも、細胞がどんどん増殖しているようなイメージがありますね。個展のステートメントにも書かれていましたが、作品自体が生きているような。
そうですね。10/8に刊行する初めての作品集『Book of...』(Hidden Champion)にも書いたんですけど、制作を始めた頃は、作品が自分にくっついている感じがしていました。今はもうちょっと客観的に作品を見ているから、少しまとまった感じに描けるようになっていて。そうすると、もう私の手から離れて、勝手に生きているものっていう印象があるんですよね。
−−今回の個展の中で、特にしっくりきた作品はありますか?
「dancing cell-03」と「dancing cell-05」は自分の中ではすごくいいなと思っていますね。うまくまとまりました。自分で描いているくせに、どうまとまるのかわからずに描いていることがあるんですよ。足しすぎても良くなくなるし、どこで止めるかも重要ですし。でも、アクシデント性みたいなものもすごく好きだから、オイルパステルの線のような衝動的なものをわざと入れたりもしています。
−−オイルパステルの線は、どの絵も最後に描かれているようですが、山瀬さんの中で締めの意味合いもあるのかなと感じました。
その通りです。オイルパステルというメディア自体がすごく好きで、ドローイングでよく使っていたんですけど、ここ2、3年で絵にも加えてみようかなと思って使ったらしっくりきて、それから締めに使うことが多くなりました。
−−ペインティングはアクリル絵具とオイルパステルで、と決めているのでしょうか?
今はそうですね。でも数年前までは違ったし、もしかしたら今後変わるかもしれません。
抽象画の始まりと、
ロンドンの大学で学んだこと
−−制作を始めた頃は、作品とご自身はくっついていたとおっしゃっていましたが、今の絵とはだいぶ違うものだったのでしょうか?
作品集には高校の頃に描いた抽象画も載せているんですけど、全然違います。私から見ると、未熟で生々しいというか。その時は自分と作品が一体という感じでした。
−−高校の頃から抽象画を描かれていたのですね。具象的なものは描かなかったのでしょうか?
具象的な絵も、小さい頃は描いていました。母が昔アニメーターだったので、「これ描きなよ」って言われて描いていたのは、人とか物とか、具象的なものばかりで。でも、高校の美術の課題で描いたのは抽象画でしたね。テーマも何も決まっていなくて、ただ単に「絵具を使って好きなものをキャンバスに描いてください」という課題でした。抽象画を描くようになったのはそれからです。
−−高校の授業で何を描いてもいいと言われて、目に見えない抽象的なものを描かれるというのはすごいなと思っちゃいました。目に見えるものを描きがちなのかなと思うので。
たしかに、まわりの子たちは犬とかユニオンジャックとか、具象的なものを描いていましたね。私はそれまでは外交的で割と外でたくさん遊ぶことが多かったのですが、高校では内側の世界に興味が湧いていたので、意識が内側に向いていて、抽象的なものを描いたのかもしれません。
−−その1枚は創作活動の原点ですね。高校卒業後はロンドンの大学に行かれますが、なぜロンドンで美術を学ぼうと思われたのでしょうか?
小さい頃はアメリカに住んでいたので、日本に帰って来てからも、高校でもう1度アメリカに戻ろうと思っていました。でも、中学時代に友達と遊ぶのが楽しすぎて(笑)。中高一貫校に通っていたから、そのまま高校に進んでしまったんです。ただ、どこかで「アメリカに戻るはずだったのに、何をやっているんだろう」みたいな気持ちがありましたね。高校卒業後は、両親が洋服関係の仕事をしているので自分もそっちに進むのかなーなんて思っていたんですけど、やっぱり美術が楽しいと気づいて日本の美大に入ろうかなと思ったら、もう遅くて。日本の美大って、みんな早いうちから美術予備校に通って準備をしているんですよね。そうしたら、ロンドンの大学を出ている美術の先生が、ロンドンの大学への進学を勧めてくれました。行くなら英語圏がいいなと思っていたし、幼馴染や知り合いもちょうどロンドンに行っていた時期だったこともあって、「じゃあ行ってみようかな」って。
−−向こうの大学で学ばれたことが、今の制作に生きていると感じることはありますか?
作品について言葉にすることは、すごく学ばされました。私は作品を観て勝手に解釈していただいて構わないって思うんですけど、言葉にしないと何も伝わらないから作品について語れるようにって、すごく訓練させられました。まあ、けっこう無視していましたけどね(笑)。
個人の制作とチームの制作、
作品づくりと製品づくり
−−さっきお話に出た10/8発売の作品集についてもお聞きしたいのですが、どのような作品集なのでしょうか?
作品集を作ると決まった時、ハードカバーの“ザ・作品集”みたいなものを作る年齢でもないし、そんなキャリアもないと思ったので、大それたものにしたくないなと思いました。だから、あえてソフトカバーにして、自分が撮ったフィルムの写真や、落書きみたいなドローイング、子どもの頃に描いたものも入れて、今までの自分の集大成ではあるんですけど、もうちょっとカジュアルに見られるような、ZINEの延長上のような、かしこまっていない作品集にしています。
−−フィルムで写真を撮られるんですね。
遊びですけどね。フィルムの写真から制作のインスピレーションを受けることもありますけど、単純に人やその場の空気を撮ることを楽しんで撮っている感じですね。
−−筆が進まない時に、気分転換に写真を撮ることもありますか?
写真を撮るよりは、ランニングしたり、散歩したり、本を読んだりしますね。普通のことですけど(笑)。ただ、描けない時でもスタジオにいることは重要だと思っていて。今回の個展の絵を描いている時にも改めて思いました。“毎日学校に行く”じゃないですけど、そこにいると何かしら起こることがあるから、“波が来るのを待つ”みたいな。スタジオにいたけど描かなかったっていう日もあるんですけど、描こうとした事実が自分にとっては大事ですね。
−−ご自宅で描かれることはないのでしょうか?
今は自宅とスタジオを完全に分けているので、描かないですね。本当は自宅とスタジオを一緒にしようと思っていたんですけど、ちょうどいい物件がなかったので分けてみたら、切り替えができるのでけっこういいなって。自宅には絵具も置いていないので、描きたくなった時にはオイルパステルでアイデアだけメモして取っておくことはあります。
−−お仕事のお話になるんですが、昨年はNIKEさんとコラボレーションした靴も話題になりましたね。キャンバスやソフトスカルプチャー以外のもので表現されるというのは、気持ちが違うものなのでしょうか?
そうですね。NIKEもそうですし、ほかのブランドとのコラボレーションも、靴や洋服のプロの方とのコミュニケーションからプロダクトが生まれていくから、みんなで一緒に作っているイメージでした。プロダクトはプロダクト、絵は絵って私の中では分かれているので、似ている部分もありますけど、全然違います。
NIKEの靴は、色もたくさんあるし、デザインできる場所もいろいろあるし、刺繍もプリントもできるし……いろんなチョイスがあるから、プロの方の話や意見を聞きながら選んでいくのはすごく楽しかったです。私が「こんなのがいい」って言うと、デザイナーさんがサンプルと一緒に提案してくれるので、それを3、4回ぐらい繰り返しながら製品化していきました。あとはやっぱりプロダクトだから “売れるもの”という意識も少しは頭にありましたね。
−−たくさんの選択肢の中からあの靴はできあがっていたんですね。今後もブランドさんとのコラボレーションのご予定はありますか?
ありますね。いくつか予定しているものがあるので、時期が来たら発表できると思います。
−−個人の制作に関しては、今後の展開について何か考えていらっしゃいますか?
今回の個展でたくさん描いてけっこう疲れたので、ちょっとお休みしたいです(笑)。でも、大きな絵をこういった場所で展示できるのはすごく楽しいことだから、そういう活動は続けていきたいと思っています。
−−今回の個展で、新作をたくさん発表されましたもんね(笑)。10/8に発売される作品集も楽しみです。ありがとうございました!
photography Kase Kentaro
text Hiraiwa Mayuka
山瀬まゆみ 東京都生まれ。幼少期をアメリカで過ごし、高校卒業と同時に渡英。ロンドン芸術大学、チェルシー・カレッジ・オブ・アーツ&デザインにてファインアート学科を専攻。現在は東京を拠点に活動する。抽象的なペインティングとソフトスカルプチャーを主に、相対するリアリティ(肉体)と目に見えないファンタジーや想像をコンセプトに制作する。これまでに、東京、ロンドン、シンガポールでの展示、またコム・デ・ギャルソンのアート制作、NIKEとコラボレーション靴を発表するなど、さまざまな企業との取り組みも行っている。
山瀬まゆみ YAMASE MAYUMI
寄り添いながら眠っているのか、はたまた手を取り合って躍動しているのか。鑑賞者の視線を吸い寄せる、カラフルでポップな形の数々。山瀬まゆみの手から生み出されるそれらの作品は、長年掲げている「目には見えないけどそこに存在するもの」をコンセプトに、今回、個展『The elephant in the room』として新たに発表された。ペインティングとソフトスカルプチャー、ふたつの手法で表現された作品について、また山瀬まゆみが歩んできた道のりについて、「ルーフミュージアム」2階とスタジオで話を伺った。
コンセプトに掲げ続ける
「目には見えないけどそこに存在するもの」とは
−−「ルーフミュージアム」に初めて来られたのはいつでしたか?
まだ工事をしていた頃に初めて来たんですけど、2階を見せてもらった時にいいなと思いました。お店兼展示という形態はよくやるから、「ルーフミュージアム」の2階のように絵を鑑賞するためだけの空間で展示できることが、今の私にとってはすごく嬉しいことでしたね。
−−2階をご覧になってから、個展の内容を練っていかれたのでしょうか?
こんなに大きな場所で個展をするのは初めてだったので、作品数やサイズ、内容をどうするか、会場を見てから考え始めました。
−−今回の個展のタイトル『The elephant in the room』は、英語の慣用句で「空気を読む」、「見て見ぬふりをする」といった意味があるそうですね。
そうですね。私が一貫してコンセプトにしている「目には見えないけどそこに存在するもの」にフィットするタイトルということで、『The elephant in the room』とつけました。最近、絵がだんだんポップになっていると感じていたので、それを表すことができるキャッチーなタイトルにしようと思って、この言葉に。直訳通り、部屋の中にゾウがいるところを想像してみると絵的にも面白いし、そのぐらい変なポップさがある言葉だから、いいなと思って。
−−「目には見えないけどそこに存在するもの」とは、具体的に言葉にするとしたらどのようなものなのでしょうか? ご自身のいろんな感情だったり、個展のステートメントにも書かれていた体の細胞や内臓だったり?
そういうことです。常に一緒にあるけどあまり意識していない、でも時に感じるもの。走ったことでドキドキしている心臓とか、おなかがいっぱいで満たされている気持ちとか、目には見えないけど感じる、自分の中で起きているものが大きなテーマになっています。
−−どんな時に「これを絵にしよう」と思われますか?
例えば、私はよくランニングをするんですけど、朝に走った日と走っていない日の1日の始まり方が全然違うんですよ。自分の気持ちの置き場所が違うというか。「虫の居所が悪い」って言葉がありますけど、“居所”を作っているのは自分なので、“居所”をどれだけ心地よくするかってことは意識していますね。それで、今日は心地いいなって思えたら、それを絵にしようと思います。
−−“心地いい”という言葉も、山瀬さんの中ではキーワードになっているのでしょうか?
なっていますね。ただ、ほかの感情も絵にしたいとは思うから、“心地いい”だけっていうと嘘になっちゃう。でも、心地いいと思える環境は常に保ちたいですね。今回、バックを無意識に黄色く塗っている絵が多いかったんですけど、多分、自分が心地いいと感じる色だからなんだと思います。会場に並べてから気づいたんですけどね(笑)。
「黄色」、「曲線」、「寄り添うもの」
心地いいと感じる色と形
−−例えば、メインビジュアルになっている「Homosapience」という作品だと、バックの色は黄色にすることや、重なり合っている形などは、事前に構成を練ってから描いていくのでしょうか、それともキャンバスに向かって心の趣くままに描かれるんですか?
「Homosapience」に関しては、この塊を描きたいっていうイメージが描く前からありましたね。でも、他の絵に関しては決めずに描くことが多いですね。1個目の形を描いてから、じゃあ2個目はこう描こうとか、絵と会話しながらどんどん繋がっていくイメージです。色も描きながら決めていきます。
−−「Homosapience」の塊もそうですけど、やわらかい印象のモチーフが多いですよね。尖ったものや、直線的なものは意識的に描かないようにしているのでしょうか?
基本的に曲線ややわらかいイメージのものが好きです。前回の個展では意識的に直線を入れたドローイングを展示したんですけど、やっぱり“意識的”でした。普通にはあまり出てこないです。ひっかかりのある形は好きじゃないかもしれない。体内が構成されているみたいに寄り添っているようなものが好きですね。
−−ペインティングもそうですが、ソフトスカルプチャーも寄り添っているイメージがありますね。ソフトスカルプチャーはどのようにして作られているんですか?
布をちょっとずつ縫っていって、3割くらいできたところで「どんな風にしようかな」って考えながらドローイングをして、完成形を決めます。ソフトスカルプチャーに関しては、計画しないとよくわからない形になっちゃうんですよ。
−−ペインティングのように、縫いながら少しずつ決めていくわけではないんですね。
ソフトスカルプチャーは、形をちゃんとしたいという気持ちがありますね。展示するためには自立させないといけないし(笑)。過去に作った作品の中には、抱き枕みたいに自立しないものもありましたけどね。
−−ペインティングとソフトスカルプチャー、ふたつの方法で表現しているのはなぜでしょうか?
ソフトスカルプチャーを作るようになったのは大学の頃でした。在籍していたファインアート学科が、平面も立体もごちゃ混ぜだったので、最初はペインティングだけをしていましたが、自然と立体も作るようになっていきました。初めの頃は内臓が出てくる人形とか、今よりももっとわかりやすいテーマで挑んでいたんですけど、あまりしっくりきていなかったので、ペインティングとソフトスカルプチャーの表現を合わせられないかなということで、今のような形になりました。
作家の手を離れて生き始める
ペインティングとソフトスカルプチャー
−−先ほど“細胞”や“内臓”といった言葉が出てきましたが、ペインティングもソフトスカルプチャーも、細胞がどんどん増殖しているようなイメージがありますね。個展のステートメントにも書かれていましたが、作品自体が生きているような。
そうですね。10/8に刊行する初めての作品集『Book of...』(Hidden Champion)にも書いたんですけど、制作を始めた頃は、作品が自分にくっついている感じがしていました。今はもうちょっと客観的に作品を見ているから、少しまとまった感じに描けるようになっていて。そうすると、もう私の手から離れて、勝手に生きているものっていう印象があるんですよね。
−−今回の個展の中で、特にしっくりきた作品はありますか?
「dancing cell-03」と「dancing cell-05」は自分の中ではすごくいいなと思っていますね。うまくまとまりました。自分で描いているくせに、どうまとまるのかわからずに描いていることがあるんですよ。足しすぎても良くなくなるし、どこで止めるかも重要ですし。でも、アクシデント性みたいなものもすごく好きだから、オイルパステルの線のような衝動的なものをわざと入れたりもしています。
−−オイルパステルの線は、どの絵も最後に描かれているようですが、山瀬さんの中で締めの意味合いもあるのかなと感じました。
その通りです。オイルパステルというメディア自体がすごく好きで、ドローイングでよく使っていたんですけど、ここ2、3年で絵にも加えてみようかなと思って使ったらしっくりきて、それから締めに使うことが多くなりました。
−−ペインティングはアクリル絵具とオイルパステルで、と決めているのでしょうか?
今はそうですね。でも数年前までは違ったし、もしかしたら今後変わるかもしれません。
抽象画の始まりと、
ロンドンの大学で学んだこと
−−制作を始めた頃は、作品とご自身はくっついていたとおっしゃっていましたが、今の絵とはだいぶ違うものだったのでしょうか?
作品集には高校の頃に描いた抽象画も載せているんですけど、全然違います。私から見ると、未熟で生々しいというか。その時は自分と作品が一体という感じでした。
−−高校の頃から抽象画を描かれていたのですね。具象的なものは描かなかったのでしょうか?
具象的な絵も、小さい頃は描いていました。母が昔アニメーターだったので、「これ描きなよ」って言われて描いていたのは、人とか物とか、具象的なものばかりで。でも、高校の美術の課題で描いたのは抽象画でしたね。テーマも何も決まっていなくて、ただ単に「絵具を使って好きなものをキャンバスに描いてください」という課題でした。抽象画を描くようになったのはそれからです。
−−高校の授業で何を描いてもいいと言われて、目に見えない抽象的なものを描かれるというのはすごいなと思っちゃいました。目に見えるものを描きがちなのかなと思うので。
たしかに、まわりの子たちは犬とかユニオンジャックとか、具象的なものを描いていましたね。私はそれまでは外交的で割と外でたくさん遊ぶことが多かったのですが、高校では内側の世界に興味が湧いていたので、意識が内側に向いていて、抽象的なものを描いたのかもしれません。
−−その1枚は創作活動の原点ですね。高校卒業後はロンドンの大学に行かれますが、なぜロンドンで美術を学ぼうと思われたのでしょうか?
小さい頃はアメリカに住んでいたので、日本に帰って来てからも、高校でもう1度アメリカに戻ろうと思っていました。でも、中学時代に友達と遊ぶのが楽しすぎて(笑)。中高一貫校に通っていたから、そのまま高校に進んでしまったんです。ただ、どこかで「アメリカに戻るはずだったのに、何をやっているんだろう」みたいな気持ちがありましたね。高校卒業後は、両親が洋服関係の仕事をしているので自分もそっちに進むのかなーなんて思っていたんですけど、やっぱり美術が楽しいと気づいて日本の美大に入ろうかなと思ったら、もう遅くて。日本の美大って、みんな早いうちから美術予備校に通って準備をしているんですよね。そうしたら、ロンドンの大学を出ている美術の先生が、ロンドンの大学への進学を勧めてくれました。行くなら英語圏がいいなと思っていたし、幼馴染や知り合いもちょうどロンドンに行っていた時期だったこともあって、「じゃあ行ってみようかな」って。
−−向こうの大学で学ばれたことが、今の制作に生きていると感じることはありますか?
作品について言葉にすることは、すごく学ばされました。私は作品を観て勝手に解釈していただいて構わないって思うんですけど、言葉にしないと何も伝わらないから作品について語れるようにって、すごく訓練させられました。まあ、けっこう無視していましたけどね(笑)。
個人の制作とチームの制作、
作品づくりと製品づくり
−−さっきお話に出た10/8発売の作品集についてもお聞きしたいのですが、どのような作品集なのでしょうか?
作品集を作ると決まった時、ハードカバーの“ザ・作品集”みたいなものを作る年齢でもないし、そんなキャリアもないと思ったので、大それたものにしたくないなと思いました。だから、あえてソフトカバーにして、自分が撮ったフィルムの写真や、落書きみたいなドローイング、子どもの頃に描いたものも入れて、今までの自分の集大成ではあるんですけど、もうちょっとカジュアルに見られるような、ZINEの延長上のような、かしこまっていない作品集にしています。
−−フィルムで写真を撮られるんですね。
遊びですけどね。フィルムの写真から制作のインスピレーションを受けることもありますけど、単純に人やその場の空気を撮ることを楽しんで撮っている感じですね。
−−筆が進まない時に、気分転換に写真を撮ることもありますか?
写真を撮るよりは、ランニングしたり、散歩したり、本を読んだりしますね。普通のことですけど(笑)。ただ、描けない時でもスタジオにいることは重要だと思っていて。今回の個展の絵を描いている時にも改めて思いました。“毎日学校に行く”じゃないですけど、そこにいると何かしら起こることがあるから、“波が来るのを待つ”みたいな。スタジオにいたけど描かなかったっていう日もあるんですけど、描こうとした事実が自分にとっては大事ですね。
−−ご自宅で描かれることはないのでしょうか?
今は自宅とスタジオを完全に分けているので、描かないですね。本当は自宅とスタジオを一緒にしようと思っていたんですけど、ちょうどいい物件がなかったので分けてみたら、切り替えができるのでけっこういいなって。自宅には絵具も置いていないので、描きたくなった時にはオイルパステルでアイデアだけメモして取っておくことはあります。
−−お仕事のお話になるんですが、昨年はNIKEさんとコラボレーションした靴も話題になりましたね。キャンバスやソフトスカルプチャー以外のもので表現されるというのは、気持ちが違うものなのでしょうか?
そうですね。NIKEもそうですし、ほかのブランドとのコラボレーションも、靴や洋服のプロの方とのコミュニケーションからプロダクトが生まれていくから、みんなで一緒に作っているイメージでした。プロダクトはプロダクト、絵は絵って私の中では分かれているので、似ている部分もありますけど、全然違います。
NIKEの靴は、色もたくさんあるし、デザインできる場所もいろいろあるし、刺繍もプリントもできるし……いろんなチョイスがあるから、プロの方の話や意見を聞きながら選んでいくのはすごく楽しかったです。私が「こんなのがいい」って言うと、デザイナーさんがサンプルと一緒に提案してくれるので、それを3、4回ぐらい繰り返しながら製品化していきました。あとはやっぱりプロダクトだから “売れるもの”という意識も少しは頭にありましたね。
−−たくさんの選択肢の中からあの靴はできあがっていたんですね。今後もブランドさんとのコラボレーションのご予定はありますか?
ありますね。いくつか予定しているものがあるので、時期が来たら発表できると思います。
−−個人の制作に関しては、今後の展開について何か考えていらっしゃいますか?
今回の個展でたくさん描いてけっこう疲れたので、ちょっとお休みしたいです(笑)。でも、大きな絵をこういった場所で展示できるのはすごく楽しいことだから、そういう活動は続けていきたいと思っています。
−−今回の個展で、新作をたくさん発表されましたもんね(笑)。10/8に発売される作品集も楽しみです。ありがとうございました!
photography Kase Kentaro
text Hiraiwa Mayuka
山瀬まゆみ 東京都生まれ。幼少期をアメリカで過ごし、高校卒業と同時に渡英。ロンドン芸術大学、チェルシー・カレッジ・オブ・アーツ&デザインにてファインアート学科を専攻。現在は東京を拠点に活動する。抽象的なペインティングとソフトスカルプチャーを主に、相対するリアリティ(肉体)と目に見えないファンタジーや想像をコンセプトに制作する。これまでに、東京、ロンドン、シンガポールでの展示、またコム・デ・ギャルソンのアート制作、NIKEとコラボレーション靴を発表するなど、さまざまな企業との取り組みも行っている。