中村桃子 NAKAMURA MOMOKO

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真っ直ぐにこちらを見据える女性や、憂いを帯びた表情で視線を落とす女性、優しい眼差しを絡ませ合う女性たち。画面の中の彼女たちは、何を思いながら佇んでいるのだろう。心の深淵をのぞいてみたくなる女性たちを描くのは、イラストレーター・アーティストの中村桃子。今回「ルーフミュージアム」で開催されている個展『nestle』のために描き下ろした41点のペインティングと4点のセラミック作品について話を伺いながら、「女性」と「花」を描く理由や、色の組み合わせ方、いまの活躍に至るまでの道のりを探っていく。

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いまの気持ちにフィットする言葉から
作品が生まれていく

−−以前のインタビュー記事で「まずは個展のタイトルを決める」とおっしゃっていたのを読んだことがあります。今回の個展も『nestle』というタイトルから決めたのでしょうか?

タイトルから決めました。いつも自分のいまの感情や、展示会場に来て感じたことを展示のタイトルやテーマにしています。「ルーフミュージアム」に初めて来た時、本当に贅沢な空間で長く居たくなる場所だなと思ったので、“空間に寄り添う”という意味と、“自分の感情に寄り添う”という意味から『nestle』(寄り添う)とつけました。

−−『nestle』というタイトルが決まったあと、作品はどのように作っていくのでしょうか?

昔から携帯電話のメモに、友達と飲んでいる時に誰かが言った言葉や、いいなと思った言い回し、響きがいいなと思った単語をたくさん書き留めているので、そこから気持ちにフィットする言葉を選んでラフを描いていきます。メモに書いてある言葉をあとで読み返すと「何が良くて書いたんだろう?」と思うものもあれば、いまの気持ちにフィットする言葉もあって。普段日記をつけているのも同じ理由で、言葉を書き留めることでいまの感情を確かめているんです。

−−展示タイトルと同じように、作品制作もひとつの言葉が出発点になっているのですね。その言葉がそのまま作品のタイトルになるのでしょうか?

そのままタイトルになることもあるし、絵を描いているうちに違うタイトルになることもある。全然違う絵にその言葉のタイトルがつくこともあるので、いろいろです。メモから選ぶ言葉は、作品作りのきっかけみたいな感覚です。

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−−「ルーフミュージアム」は1階と2階で空間の雰囲気が違いますが、作品構成に関して何か意識されたことはありますか?

「ルーフミュージアム」はお茶をしながら絵を観ることができる1階のカフェと、グレートーンの落ち着いた空間でぼうっと絵を眺めたくなる2階があって、それぞれ違う雰囲気なのがいいですよね。1階のカフェは家具に合うお部屋のような空間にしたかったので、額装したペーパー作品で統一感を出そうと思いました。いつも使っているのは木地そのままの白っぽい額ですが、今回は家具に合わせて茶色い額にしています。2階は“美術館”という雰囲気の広い空間だから、大きめのキャンバスに描きたいなと思って。なかなか100号の作品を何枚も飾れるスペースで個展をすることがないので、初めから80号、100号の作品を何枚か描こうということは決めていました。

−−2階に飾られている「Red」「Blue」「Black」は3部作のような印象がありますね。何か意図はあるのでしょうか?

いつもはたくさん色を使って色の混ざり具合をキャンバス上で楽しんでいますが、それを単色でやってみたらどうなるかなと思って、赤と白、青と白、黒と白だけで描く実験をしたのが「Red」「Blue」「Black」です。以前、京都の個展でも青と白だけで1枚描いたことがあったので、その実験の延長というか。今回の個展で初めて描いた油絵「最初の5色」という作品でも、世界堂で油絵具を5色選んで、もし失敗したら展示するかもわからなかったので、“5色だけで描く”という実験をしました。そんな風に、作品の中にはルールなどを作って実験的に描いているものもあります。

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−−今回の個展では、なぜ油絵に挑戦してみようと思ったのでしょうか?

油絵を描いてみたいとはずっと思っていて、特に去年ぐらいからその気持ちが強くなっていました。でも私はすごくせっかちだし、小さめの作品であればその日の気持ちで絵を仕上げたいから、乾くのに時間がかかる油絵は気持ち的に向かないなと思っていたんです。でも「ルーフミュージアム」は広くて作品数がたくさんあるから、1枚だけバレないようにこそっと出してみようかなと思って描きました(笑)。

−−こそっと出されていたんですね(笑)。油絵を描いてみていかがでしたか?

すごく楽しかったです。油絵具は伸びや発色の良さがいつも使っているアクリルガッシュとはまた違いました。もともと油絵の知識もなく、特に調べもせずに描き始めたから、恐る恐る描きながら「おお〜っ」と感動して。また描きたいです(笑)。

今日の服を選ぶように、
今日の気分で色を選ぶ 

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−−いつもラフは何に描かれていますか?

小さな紙切れやコピー用紙の裏、包装紙の裏などに描いています。ノートやスケッチブックだと「いざ、下絵を考えるぞ」と身構えてしまうから。ラフを描いたら机にたくさん並べて、描きたいものから紙やキャンバスに鉛筆で下描きをします。なので、よく描いた紙切れをなくしてしまうことも。下描きができたら複数の色の絵具を出して筆ですくって、紙やキャンバスの上で色の混ざり具合を楽しみながら塗っていきます。

−−チューブそのままの色ではなく、画面上で混ぜて塗っていかれるんですね。いつもアクリルガッシュで描かれていますが、アクリルガッシュを選ばれる理由を教えてください。

なるべくぶっ通しで同じ日の気持ちで描き上げたいので、まずは乾きが早いこと。あと、たまに使うパールやまつ毛の影以外は基本的に透けてほしくないので、透けないことも大事です。絵を描き始めた時に絵具を買うお金がなかったので、最初は学校で使っていた絵具と、デザイナーの友達が美大受験で使っていた絵具を大量にもらって描き始めました。だから使っている絵具にアクリル絵具とアクリルガッシュが混ざっていることにも気づかずに、「何でこの絵具は透けて、この絵具は透けないんだ」「今日は絵具が透けてる。下手になってる」なんて思いながら描いていて(笑)。途中で「私が使いたいのはアクリルガッシュだ!」と気づいてから、アクリルガッシュなら私でも絵を描き続けられるかもと思いました。自分の性格に合っていて、絵を描くことを嫌いにならない画材だなと思っています。

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−−偶然使ったアクリルガッシュが、中村さんには合っていたと。色はどの段階で決めるのでしょうか?

紙やキャンバスに下描きをした時に、ここはこの色にしようと思うところが1箇所はあるんです。例えば「夢で見た光景」だったら花びらの色は紫にしたいなとか、「触れてみたい」の女の子には白いワンピースを着せたいなとか。“今日はこの靴を履きたいから靴下はこの色にしよう”みたいな感覚で、下描きの時点で決まっている色に合わせて隣の色を決めていきます。

−−使われている色や組み合わせがとても美しいですよね。

学生時代は色を使うことにとにかく苦手意識がありました。美術系の高校で受験のために描いた色彩構成や、桑沢デザイン研究所に入学して好きな色で描いた色彩構成の点数がすごく低かったから、色を使うのが大嫌いでした。でも、デザイン事務所を辞めて転職活動の合間に1枚絵を描いた時に、「もう試験や授業で採点されることもないし、自由だ」と思って背景の色を塗ったあと、近いところの色から自然に選んでいったら「あ、服を決める時の感覚に似てる」と気づいて、そこからすごく気が楽になりました。

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−−幼少期や学生時代には、どのような作品や世界に触れていらしたのか気になります。その頃に見た色彩などがいまの色づかいに影響しているのでしょうか?

子どもの頃は漫画やアニメ、ゲームを家では禁止されていましたが、楳図かずおさんの作品だけはOKで、母によく「楳図かずおさんの作品で美しさを学びなさい」と言われていたのを覚えています。でも1番は、家でイラストレーターの仕事をしていた母の絵を見ていたことが大きいと思います。母が持っていたたくさんの画集は外を走り回ってばかりいたので全然見なかったけど、母が絵を描いているところをずっとうしろで見ているのは好きでした。

−−なるほど、お母さまの作品の影響が大きかったのですね。

特別意識はしていなかったので、わからなかったのですが、絵を描き始めて3年ぐらい経った時にグラフィックデザイナーでイラストレーターの小田島等さんに個展のDMを渡したら「中村幸子って知ってる? 昔いい絵を描いていたイラストレーターなんだけど、その人の雰囲気を感じる絵だね」と言われたことがあって。最初は親子だと知っていて冗談で言っているのかと思ったらそうではなかったようで、母だと伝えた時にすごく驚かれたのが印象的でした。ほかにも、母と親子展を開催した時に雰囲気が似ていると言ってくれた人もいました。

−−2021年、2023年に「SPACE YUI」で開催された親子展では、ひとつの画面におふたりで絵を描かれていましたよね。お母さまの絵にご自身の絵を加えるのは、どんな感覚なんだろうと思っていました。

「実験」というタイトルをつけましたが、まさに実験で。「SPACE YUI」さんのお誘いで親子展をすることになったけど、ふたりとも「どうする?」って感じでした。そこで母が知り合いのアーティストさんに相談したら「コラボ作品があると面白いんじゃない?」とアドバイスしてもらったので、やってみようかなと。子どもの頃、他人の絵に何か加えるのはいけないことだと教わってきたから、最初は母の絵に自分の絵を描くなんて恐ろしいと思っていたけど、これは実験だと思いながら描きました。緊張感もあって怖かったけど、面白かったです。母の絵に自分の絵を加えるという責任感がいい刺激になったなと思います。

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−−今回の個展にも実験的な作品がいくつかありますが、ご自身の中で新しいことをしたい、刺激のある環境に身をおきたいといった気持ちが常にあるのでしょうか?

個展が活動のメインになってもイラストレーションの仕事を大切にしたいと思うのは、アーティストとイラストレーター、両方の活動があることでお互いにいい刺激を与えているからなので、そうかもしれません。イラストレーションの仕事は、元々グラフィックデザインの仕事をしていたこともあり、単純に自分の絵が印刷物になるのが好きということもあるけど、自分の絵だけでは完結しない、関わる人たちが自分の絵を押し上げてくれるような感覚で刺激的で。イラストレーションの仕事をしたあとに個展のためのキャンバス作品を描くことで、開放感からいい絵が描けたり、イラストレーションの仕事でいままで描いたことがなかったものを描くことが刺激になったりしています。

「女性」や「花」を描きたくなるのは
曲線的なフォルムが好きだから 

−−中村さんの絵と言えば「女性」と「花」のモチーフが印象的ですが、それらのモチーフのどんなところに惹かれますか?

 共通するのはフォルムです。柔らかい曲線的なものが好きなので、道を歩いていても自然と女性ばかり見てしまいます。最初の個展で会場に作品を飾った時に、無意識に女性の耳や鼻、口などの体の穴から花が出ている作品ばかり描いていたことに気づいてから、「女性」と「花」というモチーフを意識し始めました。好きな花は薔薇やアネモネ、ポピーなどのボリュームのある花ですが、描いているのは架空の花です。私にとって花は体の一部で、人間の不自由な部分を助けてくれる存在というか。「女性」と「花」以外にも、フォルムが好きなものを描いていることが多いと思います。バナナもそうだし、「ふたりの世界」のティーポットもフォルムが好きで描いています。

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−−描かれる女性たちは皆、表情がないのはなぜでしょうか?

 満面の笑みってすごく素敵なことではあるんですけど、昔から怖いと思ってしまうところがあって。私が「どうしたんだろう」って気になるのは、表情のない顔なんですよね。でも、泣いている顔は時々描くことがあります。嬉しくて泣いているかもしれないし、悲しくて泣いているかもしれないから。

−−ほかにも、生き物をモチーフにした「dog」や「cat」、「ROSE in the night」などの作品も目を惹きますね。

 犬と猫は、単純にかわいくて好きだから描いています(笑)。犬と猫のほかにも架空の動物を作ってみたいとずっと思っていたので、今回は制作期間中の落描きから「ROSE」という動物も作りました。名前は、好きな花の名前を並べた時に「ROSE」という言葉が字面的に好きだったので「ROSE」に。あと、詩人のガートルード・スタインの「A rose is a rose is a rose is a rose.」という詩が好きなことも由来しています。

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−−「ROSE」は今回セラミック作品にもなっていますね。紙に向かう時とキャンバスに向かう時、セラミック作品を作る時で、感覚的な違いはありますか?

描いている時の感覚は変わらないけど、見た人に「キャンバスの方が大胆な感じがする」と言ってもらうことはあります。単純に画面が大きくなってストロークが大きくなるからかもしれませんが。陶芸はイラストレーションの仕事と同じで、完成するのは自分じゃない感じがして面白いです。手で作るから自分を感じながら作りはするんだけど、全然思った通りの色にならない、計算通りに行かない感じが好きでやっています。でも自分には何かと言ったら、やっぱり絵だなと思う。陶芸をずっとやっていたいというよりは、絵への刺激のひとつとしてやっている感じです。だから「今日散歩したいな」くらいの感じでこれからも陶芸をしたいなと思います。

−−海外にもよく行かれていますが、海外旅行も制作の刺激になりますか?

海外に行くといろんなことを思い出すから刺激になります。今回も旅先で子どもの頃に木登りがすごく好きだったことを思い出して、木登りしている「teritorry」を描いたり、大人になって木を眺めている「wild flower」を描いたりしました。コロナ禍でずっと家にいたけど、今年からいろいろ緩和されて出張や旅行で海外に行けるようになったのでよかったです。東京が好きだけど、海外の自然の中に行くのも気持ちがいいですね。

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イラストレーターになりたかった幼少期から
いまの活躍に至るまでの道のり

−−小さい頃にお母さまの制作をご覧になりながら、将来ご自身も絵を描きたいという気持ちはあったのでしょうか?

 幼稚園の卒園アルバムに「イラストレーターになりたい」と書いてあったから、子どもの頃からなりたかったんだと思います。だから高校も美術系の学校に行って、卒業後は桑沢デザイン研究所に入りました。桑沢では、在学中にアートディレクターの浅葉克己さんが当時の所長に就任されてから、浅葉さんのことが大好きになってしまって。オープニングやトークショーに頻繁に通ったり、浅葉ゼミに入ったりしているうちに、3年生の時に浅葉さんの事務所で働くことになって、気づいたらデザイナーになっていました。デザイナーになるとは思っていなかったから不安もあったけど、デザインを見るのは好きだったのでデザインの世界に入れたことが嬉しくて、3年半働かせてもらいました。

 −−デザイナー志望だったわけではなく、ご縁があっていつの間にかデザイナーになっていたのですね。

辞めて絵を描き始めてから「やっぱりデジタルは合わなかったな。私ってアナログ人間だ」と思いましたが、デザインの仕事のおかげで自分の好きな色の組み合わせができたと思うし、浅葉ゼミで必須だった日記と書道もやってよかったなと思います。日記を書くのっていいなと思って続けているのもゼミのおかげだし、書道の精神がいざという時の線に活きているなと思うので。

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−−デザイン事務所を退職されたあとは、どのような経緯でイラストレーター、アーティストになったのでしょうか?

 転職しようと思って事務所を辞めたあと、キャンバスを1枚買って、家にあった絵具で絵を描いてInstagramにあげたんです。そうしたら、よく行っていた渋谷のギャラリーバー「ダイトカイ」のマスターが「絵を描いているならうちで展示すれば?」と言ってくれて。翌月小さめの絵を衝動的に20枚描いて展示させてもらったら、友達や知り合いが飲みながら全部買ってくれたので、「ああ、絵が売れてお酒も飲めるって、なんていい生活だ」と思いました(笑)。その後も一応転職活動中だったので面接に行くと、気づけば絵を描きたい話ばかりしていて、面接官に「君は絵を描きたいんだよ、多分」と言われたりしていましたね。

−−そこから定期的に個展を開催するようになって、イラストレーションのお仕事が増えていったのでしょうか?

個展は年2回くらいのペースでやって、イラストレーションの仕事はデザイナーをしていた頃のつながりでちょこちょこもらえるようになっていきました。その後、2019年に最初の作品集『HEAVEN』(BOOTLEG出版)が出て、刊行記念の大きめの個展をした時に、これからどうしていきたいのかちゃんと考えるようになった気がします。それまでは目の前のことを楽しくやるだけだったけど、「絵を仕事にしていいんだな」と改めて思った個展だったかもしれません。

−−そこからいまのご活躍につながっていくわけですね。今後、描いてみたいものややりたいことがあれば教えてください。

油絵です。今回描いてみて楽しかったので、油絵作品だけを展示した個展をしてみたいなと思います。

−−中村さんの油絵展、拝見できることを楽しみにしています。ありがとうございました。


photography Kase Kentaro
text Hiraiwa Mayuka

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中村桃子|なかむら ももこ

1991年、東京生まれ。
桑沢デザイン研究所ヴィジュアルデザイン科卒業。
グラフィックデザイン事務所を経て、アーティスト/イラストレーターとして活動。
国内、アジアでの展示の他、広告、装画、雑誌、音楽 、アパレルブランドのテキスタイルなど、幅広く活動。

Instagram| https://www.instagram.com/nakamuramomoko_ill/

X(Twitter)| https://twitter.com/nakamuramomoko_

中村桃子 NAKAMURA MOMOKO

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真っ直ぐにこちらを見据える女性や、憂いを帯びた表情で視線を落とす女性、優しい眼差しを絡ませ合う女性たち。画面の中の彼女たちは、何を思いながら佇んでいるのだろう。心の深淵をのぞいてみたくなる女性たちを描くのは、イラストレーター・アーティストの中村桃子。今回「ルーフミュージアム」で開催されている個展『nestle』のために描き下ろした41点のペインティングと4点のセラミック作品について話を伺いながら、「女性」と「花」を描く理由や、色の組み合わせ方、いまの活躍に至るまでの道のりを探っていく。

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いまの気持ちにフィットする言葉から
作品が生まれていく

−−以前のインタビュー記事で「まずは個展のタイトルを決める」とおっしゃっていたのを読んだことがあります。今回の個展も『nestle』というタイトルから決めたのでしょうか?

タイトルから決めました。いつも自分のいまの感情や、展示会場に来て感じたことを展示のタイトルやテーマにしています。「ルーフミュージアム」に初めて来た時、本当に贅沢な空間で長く居たくなる場所だなと思ったので、“空間に寄り添う”という意味と、“自分の感情に寄り添う”という意味から『nestle』(寄り添う)とつけました。

−−『nestle』というタイトルが決まったあと、作品はどのように作っていくのでしょうか?

昔から携帯電話のメモに、友達と飲んでいる時に誰かが言った言葉や、いいなと思った言い回し、響きがいいなと思った単語をたくさん書き留めているので、そこから気持ちにフィットする言葉を選んでラフを描いていきます。メモに書いてある言葉をあとで読み返すと「何が良くて書いたんだろう?」と思うものもあれば、いまの気持ちにフィットする言葉もあって。普段日記をつけているのも同じ理由で、言葉を書き留めることでいまの感情を確かめているんです。

−−展示タイトルと同じように、作品制作もひとつの言葉が出発点になっているのですね。その言葉がそのまま作品のタイトルになるのでしょうか?

そのままタイトルになることもあるし、絵を描いているうちに違うタイトルになることもある。全然違う絵にその言葉のタイトルがつくこともあるので、いろいろです。メモから選ぶ言葉は、作品作りのきっかけみたいな感覚です。

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−−「ルーフミュージアム」は1階と2階で空間の雰囲気が違いますが、作品構成に関して何か意識されたことはありますか?

 「ルーフミュージアム」はお茶をしながら絵を観ることができる1階のカフェと、グレートーンの落ち着いた空間でぼうっと絵を眺めたくなる2階があって、それぞれ違う雰囲気なのがいいですよね。1階のカフェは家具に合うお部屋のような空間にしたかったので、額装したペーパー作品で統一感を出そうと思いました。いつも使っているのは木地そのままの白っぽい額ですが、今回は家具に合わせて茶色い額にしています。2階は“美術館”という雰囲気の広い空間だから、大きめのキャンバスに描きたいなと思って。なかなか100号の作品を何枚も飾れるスペースで個展をすることがないので、初めから80号、100号の作品を何枚か描こうということは決めていました。

−−2階に飾られている「Red」「Blue」「Black」は3部作のような印象がありますね。何か意図はあるのでしょうか?

いつもはたくさん色を使って色の混ざり具合をキャンバス上で楽しんでいますが、それを単色でやってみたらどうなるかなと思って、赤と白、青と白、黒と白だけで描く実験をしたのが「Red」「Blue」「Black」です。以前、京都の個展でも青と白だけで1枚描いたことがあったので、その実験の延長というか。今回の個展で初めて描いた油絵「最初の5色」という作品でも、世界堂で油絵具を5色選んで、もし失敗したら展示するかもわからなかったので、“5色だけで描く”という実験をしました。そんな風に、作品の中にはルールなどを作って実験的に描いているものもあります。

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−−今回の個展では、なぜ油絵に挑戦してみようと思ったのでしょうか?

油絵を描いてみたいとはずっと思っていて、特に去年ぐらいからその気持ちが強くなっていました。でも私はすごくせっかちだし、小さめの作品であればその日の気持ちで絵を仕上げたいから、乾くのに時間がかかる油絵は気持ち的に向かないなと思っていたんです。でも「ルーフミュージアム」は広くて作品数がたくさんあるから、1枚だけバレないようにこそっと出してみようかなと思って描きました(笑)。

−−こそっと出されていたんですね(笑)。油絵を描いてみていかがでしたか?

すごく楽しかったです。油絵具は伸びや発色の良さがいつも使っているアクリルガッシュとはまた違いました。もともと油絵の知識もなく、特に調べもせずに描き始めたから、恐る恐る描きながら「おお〜っ」と感動して。また描きたいです(笑)。

今日の服を選ぶように、
今日の気分で色を選ぶ

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−−いつもラフは何に描かれていますか?

小さな紙切れやコピー用紙の裏、包装紙の裏などに描いています。ノートやスケッチブックだと「いざ、下絵を考えるぞ」と身構えてしまうから。ラフを描いたら机にたくさん並べて、描きたいものから紙やキャンバスに鉛筆で下描きをします。なので、よく描いた紙切れをなくしてしまうことも。下描きができたら複数の色の絵具を出して筆ですくって、紙やキャンバスの上で色の混ざり具合を楽しみながら塗っていきます。

−−チューブそのままの色ではなく、画面上で混ぜて塗っていかれるんですね。いつもアクリルガッシュで描かれていますが、アクリルガッシュを選ばれる理由を教えてください。

なるべくぶっ通しで同じ日の気持ちで描き上げたいので、まずは乾きが早いこと。あと、たまに使うパールやまつ毛の影以外は基本的に透けてほしくないので、透けないことも大事です。絵を描き始めた時に絵具を買うお金がなかったので、最初は学校で使っていた絵具と、デザイナーの友達が美大受験で使っていた絵具を大量にもらって描き始めました。だから使っている絵具にアクリル絵具とアクリルガッシュが混ざっていることにも気づかずに、「何でこの絵具は透けて、この絵具は透けないんだ」「今日は絵具が透けてる。下手になってる」なんて思いながら描いていて(笑)。途中で「私が使いたいのはアクリルガッシュだ!」と気づいてから、アクリルガッシュなら私でも絵を描き続けられるかもと思いました。自分の性格に合っていて、絵を描くことを嫌いにならない画材だなと思っています。

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−−偶然使ったアクリルガッシュが、中村さんには合っていたと。色はどの段階で決めるのでしょうか?

紙やキャンバスに下描きをした時に、ここはこの色にしようと思うところが1箇所はあるんです。例えば「夢で見た光景」だったら花びらの色は紫にしたいなとか、「触れてみたい」の女の子には白いワンピースを着せたいなとか。“今日はこの靴を履きたいから靴下はこの色にしよう”みたいな感覚で、下描きの時点で決まっている色に合わせて隣の色を決めていきます。

−−使われている色や組み合わせがとても美しいですよね。

学生時代は色を使うことにとにかく苦手意識がありました。美術系の高校で受験のために描いた色彩構成や、桑沢デザイン研究所に入学して好きな色で描いた色彩構成の点数がすごく低かったから、色を使うのが大嫌いでした。でも、デザイン事務所を辞めて転職活動の合間に1枚絵を描いた時に、「もう試験や授業で採点されることもないし、自由だ」と思って背景の色を塗ったあと、近いところの色から自然に選んでいったら「あ、服を決める時の感覚に似てる」と気づいて、そこからすごく気が楽になりました。

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−−幼少期や学生時代には、どのような作品や世界に触れていらしたのか気になります。その頃に見た色彩などがいまの色づかいに影響しているのでしょうか?

子どもの頃は漫画やアニメ、ゲームを家では禁止されていましたが、楳図かずおさんの作品だけはOKで、母によく「楳図かずおさんの作品で美しさを学びなさい」と言われていたのを覚えています。でも1番は、家でイラストレーターの仕事をしていた母の絵を見ていたことが大きいと思います。母が持っていたたくさんの画集は外を走り回ってばかりいたので全然見なかったけど、母が絵を描いているところをずっとうしろで見ているのは好きでした。

−−なるほど、お母さまの作品の影響が大きかったのですね。

特別意識はしていなかったので、わからなかったのですが、絵を描き始めて3年ぐらい経った時にグラフィックデザイナーでイラストレーターの小田島等さんに個展のDMを渡したら「中村幸子って知ってる? 昔いい絵を描いていたイラストレーターなんだけど、その人の雰囲気を感じる絵だね」と言われたことがあって。最初は親子だと知っていて冗談で言っているのかと思ったらそうではなかったようで、母だと伝えた時にすごく驚かれたのが印象的でした。ほかにも、母と親子展を開催した時に雰囲気が似ていると言ってくれた人もいました。

−−2021年、2023年に「SPACE YUI」で開催された親子展では、ひとつの画面におふたりで絵を描かれていましたよね。お母さまの絵にご自身の絵を加えるのは、どんな感覚なんだろうと思っていました。

「実験」というタイトルをつけましたが、まさに実験で。「SPACE YUI」さんのお誘いで親子展をすることになったけど、ふたりとも「どうする?」って感じでした。そこで母が知り合いのアーティストさんに相談したら「コラボ作品があると面白いんじゃない?」とアドバイスしてもらったので、やってみようかなと。子どもの頃、他人の絵に何か加えるのはいけないことだと教わってきたから、最初は母の絵に自分の絵を描くなんて恐ろしいと思っていたけど、これは実験だと思いながら描きました。緊張感もあって怖かったけど、面白かったです。母の絵に自分の絵を加えるという責任感がいい刺激になったなと思います。

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−−今回の個展にも実験的な作品がいくつかありますが、ご自身の中で新しいことをしたい、刺激のある環境に身をおきたいといった気持ちが常にあるのでしょうか?

個展が活動のメインになってもイラストレーションの仕事を大切にしたいと思うのは、アーティストとイラストレーター、両方の活動があることでお互いにいい刺激を与えているからなので、そうかもしれません。イラストレーションの仕事は、元々グラフィックデザインの仕事をしていたこともあり、単純に自分の絵が印刷物になるのが好きということもあるけど、自分の絵だけでは完結しない、関わる人たちが自分の絵を押し上げてくれるような感覚で刺激的で。イラストレーションの仕事をしたあとに個展のためのキャンバス作品を描くことで、開放感からいい絵が描けたり、イラストレーションの仕事でいままで描いたことがなかったものを描くことが刺激になったりしています。

「女性」や「花」を描きたくなるのは
曲線的なフォルムが好きだから

−−中村さんの絵と言えば「女性」と「花」のモチーフが印象的ですが、それらのモチーフのどんなところに惹かれますか?

共通するのはフォルムです。柔らかい曲線的なものが好きなので、道を歩いていても自然と女性ばかり見てしまいます。最初の個展で会場に作品を飾った時に、無意識に女性の耳や鼻、口などの体の穴から花が出ている作品ばかり描いていたことに気づいてから、「女性」と「花」というモチーフを意識し始めました。好きな花は薔薇やアネモネ、ポピーなどのボリュームのある花ですが、描いているのは架空の花です。私にとって花は体の一部で、人間の不自由な部分を助けてくれる存在というか。「女性」と「花」以外にも、フォルムが好きなものを描いていることが多いと思います。バナナもそうだし、「ふたりの世界」のティーポットもフォルムが好きで描いています。

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−−描かれる女性たちは皆、表情がないのはなぜでしょうか?

満面の笑みってすごく素敵なことではあるんですけど、昔から怖いと思ってしまうところがあって。私が「どうしたんだろう」って気になるのは、表情のない顔なんですよね。でも、泣いている顔は時々描くことがあります。嬉しくて泣いているかもしれないし、悲しくて泣いているかもしれないから。

−−ほかにも、生き物をモチーフにした「dog」や「cat」、「ROSE in the night」などの作品も目を惹きますね。

犬と猫は、単純にかわいくて好きだから描いています(笑)。犬と猫のほかにも架空の動物を作ってみたいとずっと思っていたので、今回は制作期間中の落描きから「ROSE」という動物も作りました。名前は、好きな花の名前を並べた時に「ROSE」という言葉が字面的に好きだったので「ROSE」に。あと、詩人のガートルード・スタインの「A rose is a rose is a rose is a rose.」という詩が好きなことも由来しています。

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−−「ROSE」は今回セラミック作品にもなっていますね。紙に向かう時とキャンバスに向かう時、セラミック作品を作る時で、感覚的な違いはありますか?

描いている時の感覚は変わらないけど、見た人に「キャンバスの方が大胆な感じがする」と言ってもらうことはあります。単純に画面が大きくなってストロークが大きくなるからかもしれませんが。陶芸はイラストレーションの仕事と同じで、完成するのは自分じゃない感じがして面白いです。手で作るから自分を感じながら作りはするんだけど、全然思った通りの色にならない、計算通りに行かない感じが好きでやっています。でも自分には何かと言ったら、やっぱり絵だなと思う。陶芸をずっとやっていたいというよりは、絵への刺激のひとつとしてやっている感じです。だから「今日散歩したいな」くらいの感じでこれからも陶芸をしたいなと思います。

−−海外にもよく行かれていますが、海外旅行も制作の刺激になりますか?

海外に行くといろんなことを思い出すから刺激になります。今回も旅先で子どもの頃に木登りがすごく好きだったことを思い出して、木登りしている「teritorry」を描いたり、大人になって木を眺めている「wild flower」を描いたりしました。コロナ禍でずっと家にいたけど、今年からいろいろ緩和されて出張や旅行で海外に行けるようになったのでよかったです。東京が好きだけど、海外の自然の中に行くのも気持ちがいいですね。

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イラストレーターになりたかった幼少期から
いまの活躍に至るまでの道のり

−−小さい頃にお母さまの制作をご覧になりながら、将来ご自身も絵を描きたいという気持ちはあったのでしょうか?

幼稚園の卒園アルバムに「イラストレーターになりたい」と書いてあったから、子どもの頃からなりたかったんだと思います。だから高校も美術系の学校に行って、卒業後は桑沢デザイン研究所に入りました。桑沢では、在学中にアートディレクターの浅葉克己さんが当時の所長に就任されてから、浅葉さんのことが大好きになってしまって。オープニングやトークショーに頻繁に通ったり、浅葉ゼミに入ったりしているうちに、3年生の時に浅葉さんの事務所で働くことになって、気づいたらデザイナーになっていました。デザイナーになるとは思っていなかったから不安もあったけど、デザインを見るのは好きだったのでデザインの世界に入れたことが嬉しくて、3年半働かせてもらいました。

−−デザイナー志望だったわけではなく、ご縁があっていつの間にかデザイナーになっていたのですね。

辞めて絵を描き始めてから「やっぱりデジタルは合わなかったな。私ってアナログ人間だ」と思いましたが、デザインの仕事のおかげで自分の好きな色の組み合わせができたと思うし、浅葉ゼミで必須だった日記と書道もやってよかったなと思います。日記を書くのっていいなと思って続けているのもゼミのおかげだし、書道の精神がいざという時の線に活きているなと思うので。

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−−デザイン事務所を退職されたあとは、どのような経緯でイラストレーター、アーティストになったのでしょうか?

転職しようと思って事務所を辞めたあと、キャンバスを1枚買って、家にあった絵具で絵を描いてInstagramにあげたんです。そうしたら、よく行っていた渋谷のギャラリーバー「ダイトカイ」のマスターが「絵を描いているならうちで展示すれば?」と言ってくれて。翌月小さめの絵を衝動的に20枚描いて展示させてもらったら、友達や知り合いが飲みながら全部買ってくれたので、「ああ、絵が売れてお酒も飲めるって、なんていい生活だ」と思いました(笑)。その後も一応転職活動中だったので面接に行くと、気づけば絵を描きたい話ばかりしていて、面接官に「君は絵を描きたいんだよ、多分」と言われたりしていましたね。

−−そこから定期的に個展を開催するようになって、イラストレーションのお仕事が増えていったのでしょうか?

個展は年2回くらいのペースでやって、イラストレーションの仕事はデザイナーをしていた頃のつながりでちょこちょこもらえるようになっていきました。その後、2019年に最初の作品集『HEAVEN』(BOOTLEG出版)が出て、刊行記念の大きめの個展をした時に、これからどうしていきたいのかちゃんと考えるようになった気がします。それまでは目の前のことを楽しくやるだけだったけど、「絵を仕事にしていいんだな」と改めて思った個展だったかもしれません。

−−そこからいまのご活躍につながっていくわけですね。今後、描いてみたいものややりたいことがあれば教えてください。

油絵です。今回描いてみて楽しかったので、油絵作品だけを展示した個展をしてみたいなと思います。 −−中村さんの油絵展、拝見できることを楽しみにしています。ありがとうございました。



photography Kase Kentaro
text Hiraiwa Mayuka

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中村桃子|なかむら ももこ

1991年、東京生まれ。
桑沢デザイン研究所ヴィジュアルデザイン科卒業。
グラフィックデザイン事務所を経て、アーティスト/イラストレーターとして活動。
国内、アジアでの展示の他、広告、装画、雑誌、音楽 、アパレルブランドのテキスタイルなど、幅広く活動。

Instagram| https://www.instagram.com/nakamuramomoko_ill/

X(Twitter)| https://twitter.com/nakamuramomoko_